『 秋 』
早朝、いつものようにお散歩に出かけようと、自転車をこぎだした。
すると忽ち、うんっ、鼻先をかすめるこのかおり。
「 キンモクセイだっ!」 「 秋だ、いよいよ秋だ 」
きのうまで何の兆しもなかったのに、一気だ。
季節のうつろい、キンモクセイのかおりにつつまれて、とても幸せ気分。
キンモクセイのかおりには思い出がある。
僕が小さかった子供のころ、代々の家業がかたむき、倒産した。
抵当に入っていた家も手離すことになった。
父は債権者から逃れて身をかくしていた。
母と二人で、家をでた。
母は僕の手をとり、
「 お家にお別れを言いましょう 」 と言った。
母に支えられながら、僕は家のほうを振り返った。 そのとき、
何かいい匂いがしてきた。
「 何のにおい? 」「 キンモクセイよ 」
見るとその樹は家のまわりの垣根にびっしりと植えられていた。
何年もその庭で遊んでいたのに、今日までキンモクセイもそのかおりも知らなかった。
そのあと、僕は親戚に預けられ、母は勤めにでた。
父は音信不通のままだった。
キンモクセイのかおりは、切なく、なつかしい香りだ。
nakata