『電話の向こうに』
実は、『インターネットの達人にする会』で教えてもらった、「タイムプラス」と「テレホーダイ」の手続きをした。
こんな便利なことがあったなんぞ、ついぞ知らなかった。時代遅れもいいとこだ。これで、NTTの請求書を見て 『えっ!今月はこんなにも来ちゃってるの!』と、仰天することもすこしはなくなるだろう。
それにしてもいい世の中になったモンだ。携帯電話の普及といい、いまや、電話は現代人の生活に必要不可欠なものなのだろう。しかし、電話の機能は当たり前のこととして利用していても、電話そのものに感謝することはあんまりないように思える。
こんなことがあった。ある夜のことだった。
先ほどから気になることが頭から離れず、どうにも眠れなくなってしまった。ある女性ジャズヴォーカリストの名前が思い出せないのだ。ベッドに入る前、FM放送のジャズ番組を聞いていた。
『せば、最近、あの女性ジャズヴォーカリストを聞いてないなぁ。なんたっけ!』
というところから始まってしまった。ど忘れしたのかどうしても思い出せない。ノドまで出かかっているのだ。
「確か、男の子のような名前だったよな、黒人で、ルイ・アームストロングと同じ時代に活躍した、、、なんたっけ!」
ああぁっ! どうしても思い出せない。気になって気になって眠ることもできない。時計を見れば、深夜の1時すぎ。もう1時間近く考えている。胸がつっかえたようで気持ちが悪い。思いあまって、ジャズファンの友人にデンワをすることにした。
" ごめんっ! 眠っていた? ねえ、名前教えてよ。どうしても思い出せないんだよっ"
" いいよ。そういえば、そんな歌手いたよなぁ、なんたっけなぁ、あれっ、ど忘れが移っちゃったよ"
" 、、、、、、、"
" こっちも気になって眠れなくなっちゃったっ。ともだちに聞いてみるから、ちょっと待ってて、折り返し デンワ入れるから"
" 悪いな。眠らないで待ってるよ"
待ってる間、こっちも思い浮かぶかぎりの男性名を思い出すことにした。
ジャック、ジャッキー、ジョン、ジョニー、ロバート、ボブ、ボビー、チャールズ、チャーリー、トーマス、トミー、トニー、リック、リッキー、エドワード、エディー、ジェームス、ジミー、ポール、ピーター、フランキー、マイケル、マイク、マイキー、 スティーヴィー、ウォーレン、ウォーリー、、、。
ああぁあ、違うなぁあ。アットランダムにやるのでなくて、ABCから順序正しく思い出してみようか。
確かシンプルで愛称のようななまえだったよなぁ、、、。
なんでこうなっちゃうの、ヘンなことにこだわらなきゃぁいいのに。イヤな性格だなぁ。
あいつも、眠れなくなっちゃってんのかな。
あっちこっち、デンワで聞いてくれているのかな。申し訳ない!
そ、もう、あきらめかけていた。思い浮かぶかぎりの名前、Aから始まってBへ。
B、ブライアント、ビル、 ビリー、ビリーーーー、ビリー・ホリディー!!!
そうだっ! ビリー・ホっホっリディーーー! だっ!
やっと思い出したっ! きゃっほ~~~!
そのときは、もう、3時半を回っていた。
そこへ、デンワが鳴った。てっきり彼奴だと思った。
" もしもし、nakataさんですか? その女性ジャズヴォーカリストはビリー・ホリディーだと思いますよ"
全然、知らない人からのコールだった。聞いてみると、ともだちからデンワがきて、
困っている人がいるらしいから、知っているんだったら教えてあげてほしいとたのまれた、と言う。
もちろん、そのともだちも、ボクには知らない人だった。
ボクはデンワの人にも、デンワのともだちの人にも、ありがとう、ありがとうと伝えてくれることをお願いしてデンワを切った。自分でその名前を思い出せたことは、言わなかった。
うれしくて、身体が熱くなってくるのを感じた。自分で名前を思い出せたことではない。全然、見ず知らずの人からデンワをもらって、その名前を教えてもらったことがどうしょうもなく嬉しかった。
ボクたちは繋がっている。どこかで間違いなく繋がっている。人と人のつながりを信じることができる。デンワが、電話が、無機質だと思える電話が、電話の向こうに『人』がいることを教えてくれる。
電話さん、Eメールさん、インターネット・ホームページさん、ありがとう!
ボクは熱い思いを込めて、最初に電話した友人にお礼の電話をした。ところが、
"よかったな、そいじゃ "
とそっけなく、ねむけ声で、さっさときりやがったっ!
でも、ボクは、新たな興奮で、さらにその夜は眠れなくなってしまったのだ。
terry-nakata