2013年

9月

04日

るりるりさんへの手紙

 

 この一文は、8/20付け「バンザーイっ!ついに3冠、達成!?」ブログ文に、るりるりさんからいただいたコメントへの返信からの引き続き文です。

 

 よろしくご了承ください。

 

 

本文に入る前に若干の前説明をいたします。

 

 僕が自費出版したオリジナルの『つれづれの部室』本の各文章の中には、じつはEメールクラブの「つれづれの部屋」に集う仲間たちからもらった意見や感想もあわせて掲載して出版しておりました。

  しかし僕のHP「 terry’ s room 」の『つれづれの部室』コーナーに復刻版として掲載する際には煩雑になると思い、コメントなどを割愛し編集しておりました。

 今日、この機会に、るりるりさんからもらったレスポンスを一部再構成をして紹介させていただきます。

 できれば、ご面倒でも「つれづれの部室」コーナーの、「静かな朝の光」「死を見つめる」文を読んでから次ぎに進んでいただくとよく理解できると思います。よろしくお願いいたします。

 

 

 

『 静かな朝の光 』より、

 

  るりるりです。

「静かな朝の光」昨日読みました。印刷してファイルもいたしております。 テリーさんはハートフルな方と お見受け致しております。

 るり@今、まさに心が洗われているんです。そして、楽しんでいます。

 

 るりるりさんへ、

  僕のつたない文章をいつも読んでいただいてありがとうございます。

僕の方こそ、るりるりさんはハートフルで、繊細で、大胆で、ウィットとユーモアに富んでいる豊かな女性(ひと)だとお見受け致しておりますよ。

 テリー、拝。

 

テリーさんへ、

るりるりです。

 お言葉ありがとうございます。いつも柔軟な心でいようと思っています。先のことはわかりません、でも一期一会。

 そうそう、人間、この先どうなるかなんて予定なんかできない。知る力も持ってない。だから、与えられた一秒一秒を感謝と謙遜のキモチを忘れず、何事があってもまっすぐにそれを受け止め、日々過ごしています。

 

 感動を味わうことができる人生を、送りたいですネ。ともに面白い人生を、たのしみましょうネ

良いも悪いも両方体験してあつ~い想い出アルバムを心の中にもって生きたいですね。

 

 年月が経つに連れて自分の心が透き通ってきたような気がするんです。だから、どんなことも感謝のキモチで受け止められるようになりました。

 

 これからも感動しあいましょう。私も日々色んなことを感じるんですけどね、アップするのはほとんど笑い関係のページばかりになってしまって。

『るりるり@文才なくて、すみません。』

 

 

 『 死を見つめる 』より、

 

 るりるりです。

ちょっと難しいテーマで コメントを書くのに時間がかかってしまいました。

 

 実は私、「死ぬ」ということには敏感でございます。

 

「自分がいつ死ぬのか、教えて欲しい」これはいつも感じることです。でも、「死は、いつ訪れるかわからない」だから、死ぬ前に友達やお世話になった方へ一人ずつ挨拶をするか、手紙を書いておき、私が死んだ時、一人ずつに渡してもらおうと思っています。

 

 去年の夏、同級生が結婚直前に車で事故死しました。そして、この春、私も事故しそうになり、「死ぬかもしれない」という体験をしました。秋に10年も一緒に過ごした可愛かった文鳥を亡くしました。「死」は必ずやってくるものなんですよね。

 

 私には難しいことは解りませんが限りある命だからこそ、何をして生きていくのか、そして、たとえ生涯を閉じても残されたヒトの心の中で生きていたい、そう思っています。

るりるり@『るりるり@文才なくて、すみません。』

 

るりるりさんへ、

 とんでもない!

 今までのあなたの言葉はみんなあなたの心から出てきた言葉。素直に正直にご自分の心情を出されています。この表現にはしみじみとした潤いに満たされています。人の心にしみる言葉とはこのようなことを言うのではないでしょうか?

 どうぞどうぞ、このままで、誰に語るのでもない、ご自分に語り聞かせるつもりで、お楽しみ下さい。『つれづれの部屋』がお役にたてるのであれば、光栄の限りです。

 てりー

 

テリーさんへ

 これって、最大級のほめことばですが身にあまる光栄です。ほんとにそうなら、大感激です。ありがとうございます。

 るり

 

 

皆々さまへ、

 前説明が長くなって恐縮です。

どうしてもこれだけのことをお伝えしておかなければ「るりるりさんへの手紙」文が、前に進めなかったのです。ゴメンナサイ!

 

 

るりるりさんへ、

 

お待たせしました(苦笑中)。やっとこれで本番です。

 

 るりるりさんが消化器系疾患で大変ツライ日々をお過ごしだということを知りました。苦衷をお察し申し上げます。

 

 僕の長年の闘病生活の経験から端的に言って、同じ内科医でも循環器系の医師は消化器系のことをほとんど知らず、消化器系の医師は循環器系ついてくわしく理解していません。今の医学界はより細分化されていて、同じ内科医でも自分の専門以外の分野について何も知りません。

 

 診察の際には、るりるりさんが仰る通り、血液検査の数値のデータやレントゲン写真やMRIにCTスキャンの画像だけを優先して診断し、患者自身が訴える症状や苦痛を尊重して緩和するような治療はいっさい行いません。

 もしその後他の病気が発見されたり、何らかの手遅れになる診療ミスがあったとしても、” この検査値とデータと画像によりこの病名と診断しました。患者の特異体質か不可抗力です ” と、あとあと言い逃れが出来るように医学書や保険医の診療マニュアル通りの診察しかしません。

 そしてまたるりるりさんの仰る通り、「検査を重ねましょう」とか、「薬で様子をみましょう」とか言われて、大量の薬漬けにされて、その副作用に苦しむことにもなるのです。

 少しでも診察に疑問や質問があっても、患者に何が分かるんだ!?とばかりに取り合ってくれません。

 その結果、現代医学(西洋医学)と東洋医学(漢方治療)の間を行ったり来たり。

 

 さらに寄り道の回り道になりますが、僕にはこんなことがありました。

 

 それは1995年12月頃、当時僕は北海道の自然と風景の写真を撮るために日高支庁の平取町に移り住み、アルバイトとして土木作業員をしていました。

 それまで度々の体調不良に苦しんでいましたが、真冬の作業中に急激な呼吸困難と強烈な腹痛におそわれ平取町立病院に運ばれ、診療不能ということでただちに苫小牧市内の日翔病院に救急車で転送されました。

 

 内科医に診察を受けると急性膵臓(すいぞう)炎と診断されました。原因のはっきりしない腹痛にはよく付けられる病名です。僕はそれまでカメラマンとして難病患者の写真取材をしていたから、僕の症状がただならないものだとうっすらと自覚していました。

 

 僕は、” 膵臓炎で腹痛なのは理解できますが、それになぜ呼吸困難が加わるのでしょうか? 何か他にも原因があると思います ” とクレームを言っても、” 医学の専門のことは私たち医師に任せておきなさい ” と答えて、若い担当医は取り合ってくれませんでした。

 結局僕は急性膵臓炎ということで、2ヶ月間ほどの安静入院をさせられました。後から考えても僕の重症筋無力症はこのころに発症していたんだと思います。

 もしあの若い内科医が僕のクレームに少しでも考え直してくれていたら。もう少し早く僕の重症筋無力症が発見されていたら、後日こんなにも症状がこじれることもなかったかもしれないのに。でも1995年当時には、一般の内科医では難病の知識なんか全然持ち合わせていなかったのです。

 

 その後僕は広島に帰郷して、広島大学医学部付属病院で重症筋無力症の診断で拡大胸腺摘出手術を受けて4ヶ月の入院。そして退院して自宅療養中の1999年11月にクリーゼ(呼吸困難)を発症。ただちに救急車で転院していた県立広島病院に向かいました。

 

 折悪しく土曜日で診察はお休み。僕は救急治療センターに運ばれました。担当したのは若い内科医。苦しい息の中、僕はぞっとするような悪い予感が走りました。

 案の定、内科医は呼吸困難の原因を特定するため先ずレントゲン写真を撮ると言い出しました。僕は苦しくて言葉もつまりながら、

 

” これはクリーゼと言って難病の重症筋無力症の特有の症状です。筋肉と筋肉とのつながりが悪くなって呼吸が苦しくなっているのだから、レントゲン写真には写りません ”

 

と説明しても救急の内科医は、何を生意気な!というムッとした表情で、取り合ってくれませんでした。

 

 そして、「レントゲン写真の結果を見るまでは、私たちは何の措置も出来ません」と言い切りました。僕は一刻を争う状態なのに、血の気が引いていく思いがしました。でもしかたがないので内科医に従いました。やっぱりレントゲン写真では何も分からない。そしたら内科医は今度は、「呼吸困難の原因を特定できるものが写っていないので、今日はこのまま帰って、月曜日にあらためて診察を受けて下さい」と言い出したのです。今でもあの内科医の冷たい表情を思い出します。

 

 僕は、” ウギャーっ!” と、声にならない声を張り上げていました。僕は大声で叫びました。

 

 ”あなたは救急医でも一般の内科医で、難病の専門医ではないからクリーゼという症状を知らないんだ! 僕はこの病院の神経内科に入院したこともあるし、今は通院しています。神経内科病棟の婦長さんでも看護婦でもいいからここに呼んで下さい。それでクリーゼについても説明を受けて下さい!”

と怒鳴りつづけました。

 

 救急医療センターから神経内科病棟に院内電話が入り、このとき本当にラッキーにも、土曜日なのにたまたま難病専門の若い研修医が出勤していたのです。

 僕はただちにICU(集中治療室)に運ばれ酸素マスクを付けて、クリーゼの診療が行われることになりました。連絡を受けて神経内科の主治医のH先生も自宅から飛んできてくれました。このときのH先生の顔を見た安心感は、すぐには言葉で表せませんでした。

 

 大都会の大病院でもこの有り様です。味方になってくれる医師もおいでになりますが、僕たちは、こんな官僚的で権威主義的な現代の日本の医療機関と、そこで養成された医師たちに、『 命 』をあずけているのです。

 

 僕は今、るりるりさんの言葉、

『 キモチ的に がんばれなくなってきました。』という思いに、僕の出来ることで何とか応えてあげたい。

『 新しい道を模索 』するお手伝いをしてあげたい、そんな一心でこの一文を書いております。

 

 でも長年のお付き合いから、るりるりさんの性質を想像しても、

《と言ってもインターネットのEメール上でのお付き合いだけで、もう14~15年になるのに一度もお会いして直接お話ししたこともありません(大苦笑)》

 

 この際許してもらえるのなら、はっきり言って、繊細な感性とやさしい心を持っているだけに、チョット気弱な一面も持ち合わせておられる。ゴメンナサイ! (ああ、言っちゃった!!)

 そんなるりるりさんをどう励ましてあげられるか?

 

 でも8/20付け「バンザーイっ!ついに3冠、達成!?」コメント文の最後には、きちんと、

『  日々、いろんなことがありますが

   一緒に一日ずつ 大切に生きていきましょう 』

と、書いていらっしゃる。それが僕の、” 救われた気分 ” でもありました。

 

 

『 新しい道を模索 』するにはどうするか?

 

 まず、担当医の診察内容の納得できないところや、曖昧な病名を、全部書き出してください。次には、担当医が行った検査やデータ・数値も書き出してください。担当医が処方した内服薬も書き出してください。そして次には、今のご自分の症状や痛み、その他気のついたところも全部書き出してみてください。

 

その後、それらを全部、逐次、インターネットで検索してみるのです。

曖昧な病名のその病気とはどんな病気なのか? 

どんな特徴があるのか?

検査の数値やデータに画像の内容はどうなっているのか?

学問的なことは難しいかもしれないけれど、覚えているだけでもいいから検索してください。

担当医はなぜこの病名だと診断したのだろう?

この病名の病気と診断した検査値・データー・画像との関係はどうなっているのだろう?

担当医が処方した内服薬とはどんな薬なんだろう?

何故この薬を選んだんだろう?

どんな副作用があるんだろうか?

 

そして一番大事なこと。

 

私のこの症状はいったい何が原因なのだろう?

私の本当の病気は何だろうか?

症状や痛みや特徴から、本当の病気が特定できないだろうか?

私の症状はどこから来ているんだろう?

しっかりと自分自身と身体の状態に真剣に向き合ってください。

 

 何度検索しても、何度やり直しても、最初はうまく結果が出ないと思います。勘違いしていたり、せっかく検索したけど内容が理解できなかったり。イヤンなったり。でも検索のやり方を変えてみたり、工夫したり。発想をがらりとかえてもう一度取っ組んでください。

 その結果がどうであれ、そんな地道な努力が、頑張って生きようとする意欲につながると思うのです。

 

 その意欲がエネルギーとなって、担当医と対等に会話が出来るようになるのです。けっして担当医に対して受け身になるのではなく、検索して新しく分かったことを素にして、具体的な事項で質問をして、挑みかかってください。そして心からお願いするのです、どうか助けてください!と。

 

 よくチーム医療という言葉を聞きます。

先ず主治医がリーダーで、看護師がいて、リハビリ師(理学療法士・作業療法士)いて、管理栄養士がいて、ケースワーカーがいて、退院後の相談にも乗るソーシャルワーカーもいて、患者のケーススタディー(事例研究)をします。それが一般的に言われているチーム医療です

 

 でもこのチーム医療の本当の主役はいったい誰でしょう? それは患者自身です。患者が感じている自分の身体の状態や不都合。痛み、変調などをいちばん的確につかんでいて、この症状を治してほしいとケーススタディーに主張することができるのは患者だけです。だからいちばんの主役なのです。そして自分の病気のいちばんの主治医は、誰でもない患者自身でもあるのです。

 

 今までの常識やルールなんて、くそったれ!です。

でもこんなことをおおっぴらに言うと、医者からも看護師からも煙たがられたり嫌われたりすることでしょう。世間の人たちからもあらぬ誤解を受けたり、反発を喰らうことになるかもしれませんネ。そこは、患者として生きぬくためにはあらゆる手練手管(てれんてくだ)を使わなければなりません。

 自分の病気に勝つためには、そうとう ” したたか ” であらねばなりません。そして医師に対しても看護師にも、ときには " 愛嬌者 " であらなければなりません。ここがむずかしいところです。

 それには必死に一生懸命に前に向かって生きようとしている自分自身の姿を真摯にさらけだして見てもらう。患者としてよりも人間としての共感と理解をえることが大切だと思うのです。

 

 そうは言っても正直なところ、もっと若くて体力があるころに病気や生活条件などの困難に見舞われたのなら、まだ何とか立ち向かって行けるとは思えるのだけれど。年を取って気力体力も衰えたころにこんなツライ現実を突きつけられるなんて。やりきれない。たえられない。誰か助けて! 誰かに甘えたい、すがりたい。それが人間の本来の姿なのかもしれませんネ。

 

 ここまで書いてきて、こんな長々、長々とした僕の独りよがりの駄文が、はたして本当にるりるりさんの役に立つのか? 応援していることになるのか? ただるりるりさんにとってはイヤなこと、そこまでしたくないこと。不得意なことを押しつけているだけなのではないか? そんな反省が僕の心によぎります。

 かなりぶしつけで、ご迷惑なことを書いています。本当にゴメンナサイ!

 

 

追伸:

  このブログ文を書いている途中で、9/2付けコメント文が送信されていることを知りました。

 

しまった! 先を越された(笑い)。

 

「るりるりさんへの手紙」文をどう書こうか。どうまとめようかといろいろ迷っている間に、つい遅れてしまった! くう~っ、大失態!

 

るりるりさんから、

「 ありがとうございます。うれしいな~ 」って、待っててもらっても、その期待を大きく裏切るブログ文で、さぞかし気落ちされるかもしれないと、僕は心から恐れおののいています。

そのときはどうぞ、

「アーホ、バーカ、まぬけ。デリカシーのない言いたい放題ヤロー」と、叱りとばして下さいネ。

 

身体を小さくして、平身低頭している、

テリーより。

 

 

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コメント: 4
  • #1

    るりるり (金曜日, 06 9月 2013 10:58)

    テリーさんへ
    何時間もかけて 書いて下さったんでしょう… 
    本当にありがとうございます。(大感謝)手は大丈夫ですか?
    ご迷惑でなければぜひ、これからも色々教えてください。

    読みながら 涙がこぼれました。
    今、テリーさんとつながっていることが すごくうれしい…。
    普通の人じゃ知りえない ”医学界の水面下”
    テリーさんはそれを 長きにわたり見続け、もがき、たたかい…
    その「証」は 今の私だけじゃない、他のどなたかも救える程のパワーがあります。
    貴重な体験談、記録しつづけてほしいな…

    テリーさん…
    ブログの可能性は とても大きくて広いですよ。
    今は ”るりるり宛て” ってことでお書き下さっていますが
    ココに残された ”言の葉(コトノハ)”は いつか時空を超え…
    ワタシ以外の誰かを 救うことになると思います。
    どこかの世界の誰かの心に 突き刺さる日は いつか必ずきます。
    だから
    お時間とお身体のごムリがない範囲で、綴って下さいね。

    また 私もお返事書きます。待っててくださいね♪
    9月6日(金)るりるり

  • #2

    中田輝義 (金曜日, 06 9月 2013 14:13)

    るりるりさんへ、
    コメントを拝受しました。

    ” よかったっ、うれしいっ! そして、ありがとう! ”

    今の僕には、この言葉しか思い浮かびません。
    るりるりさんを励ますつもりが、ぎゃくに僕のほうが励まされました。
    心からお礼を述べさせていただきます。
    ありがとうございました。
    テリー、拝。

  • #3

    るりるり (月曜日, 09 9月 2013 18:49)

    テリーさんへ
    先日は貴重なアドバイスをありがとうございました。
    温かい 後押しが嬉しくて…
    テリーさんはなぜ そんなに強く自分と向き合えるのですか?
    私と比べれば すご~くお辛いでしょうに
    逆に励ましててくださり… こんな自分がとても恥ずかしく想います。
    ですが、テリーさんと交流できることは その何倍も嬉しいです。

    あれから執念(笑)検索し、消化器系の病気に加え、もう一つ(いや、数個だ)
    他の症状(3か月前くらいから)痛みやしびれも 実はあって…
    そのことは主治医にも伝えましたし、脳神経外科や脳内科などでも
    検査を受けたけど→「原因がわからないから整形へ回しますね」と云われ、
    また予約を入れますといい、どうせいくなら 大学じゃない整形へ行こうと思っていました。

    今、肺ガンの母のつきそいも 同時にやっているので 自分のカラダを
    本気で治療をしないとと 想っている時期ですが
    先日、ふとストックしている切り抜きの中に
    気になる病名がかかれた資料があったことを思い出し、検索をかけてみたら
    (該当するかは わからず…)
    血液や画像だけでは診断が難しい病気 ということが判りました。
    (ドクターの触診が重要とのこと)
    幸いなことにその病気は 学会HPやいろんなサイトが存在し、
    広島にも診断できる専門医がいる整形外科があることがわかりました。

    大学Hの消化器内科受診の日に、お腹の他の場所の痛みは この病気ではないか?
    そこの整形外科を一度、受診してみたいと主治医に伝えた後、専門医を訪ねました。

    受診する準備を整え、今までのデータ、自分で書いた病状記録、
    脳神経外科で撮ったMRI画像など 参考になるかはわからないけど提出した上で
    独特の触診が行われ 結果「その病気の可能性が強い」と言われました。 

    加えて、1年ぐらい 超ドライアイで通院していた眼科医から
    「喉の渇きもひどいみたいだし、、、
    一度シェーグレンの唾液検査をした方がいい。県病院へ紹介状を書きますから…」
    と言われ、大学病院でコリゴリの私は また大きな病院で「異常ない」って
    言われるのが嫌で、近所の耳鼻科に行きたいと言いましたら
    出せるお薬の関係があるので「県病院がベター」とのこと、まだ受診していません。

    県病院って大学病院と比べて どうなんでしょうか?
    大学Hは 日本の未来の病気を治すための 研究機関 という
    ニュアンスがすごく強いし、ドクターの横のつながりも薄い。
    テリーさんのおっしゃるように 細分科医療の最も激しいところですが
    県病院も同じ感じなのでしょうか? 

    整形外科は東洋医学の治療も少し、できる所なので
    そこでお腹の漢方処方も お願いしたばかりですが
    まだ一度しか行っていなくて、先生のコトもよくわかっていません。 
    消化器内科でそれを治療するべき とも思うし…。
    患者の身体をトータルで診断できる「東洋医学」が県病院でいらっしゃれば…
    多分、眼科の先生の紹介状をもって 検査に行くけど…
    そうじゃなかったら どうしようかな~って 延ばし延ばしにしています。
    長々かいてしまいました。ごめんなさい。 

    るりるり
    追伸;窓越しの空がキレイな季節。撮影にはピッタリの時期ですね♪

  • #4

    中田輝義 (月曜日, 09 9月 2013 23:38)

    るりるりさんへ、
    心してメールを拝読しました。

    急ぎご連絡。
    もうこれ以上踏み入った内容のメール交信では、
    個人情報やプライバシーに問題が生じるのを危惧して、
    直接るりるりさん宛にメールをします。
    よろしくお願いいたします。
    テリー、拝。

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